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高校野球発祥の地 豊中グラウンド

現在NHKで放送中の連続テレビ小説エールは、全国高校野球大会の歌「栄冠は君に輝く」や「六甲おろし」などで有名な昭和の作曲家・古関裕而とその妻・古関金子をモデルにした物語です。少し気弱な部分があるが独学で作曲を始め、数々のヒット曲を世に出した天才作曲家と、プロの歌手を目指す明るく行動力に溢れる女性とが出会い、夫婦二人三脚で生きていく生涯を描いたものです。6年11作振りとなる朝ドラ男性主演を窪田正孝さん、ヒロイン役を二階堂ふみさんが演じています。

「栄冠は君に輝く」にちなんで、私の息子2人も目指した甲子園ですが、全国高校野球大会の前身である大会が初めて開催されたのが豊中グラウンドだったと知り、一度行ってみたいと思っていました。

先日、休日に仕事で豊中に行く機会があったので行ってまいりました!

豊中グラウンドで全国中等学校優勝野球大会が初開催

豊中グラウンドは現在の玉井町3丁目にありました。赤レンガの外壁に囲まれたグラウンドは、広さ2万平米で当時日本一の設備だったといいます。全国高校野球大会といえば甲子園ですが、大会の前身である全国中等学校優勝野球大会が初めて開催されたのが豊中グラウンドでした。

1915年(大正4年)、スタジアムの有効活用の一環として、大阪朝日新聞(朝日新聞大阪本社)に中等学校野球(現在の高校野球)の全国大会の開催を提案しました。その年の夏、第1回全国中等学校優勝野球大会が開催されました。当時のグラウンドには木造の仮設席が設置され、バックネット部分には女性専用座席も設置されました。また、スタンド上部には天幕とよしずを敷設し、快適な環境で観戦できるよう工夫されていたそうです。

しかし、観客があまりに多かったことなど諸問題が多く発生したため、大会をこれ以上豊中の1か所で行うことが困難という理由で、1917年(大正6年)の第3回大会以降、兵庫県西宮の鳴尾球場に移動しました。豊中グラウンドでの開催は第2回で終了となりました。

グラウンドを建設した阪急電鉄は、1922年(大正11年)豊中グラウンドに替えて新しい多目的スタジアム「宝塚球場」を建設しました。宝塚球場完成前の1921年(大正10年)まで、中等学校野球大会の予選会場として使われていましたが、その後再造成され、周辺の住宅地と一体となりました。

高校野球発祥の地記念公園としてリニューアル

1988年(昭和63年)に全国高校野球大会が第70回を迎えたことを記念し、豊中市と日本高校野球連盟・朝日新聞社によって、「高校野球メモリアルパーク」が跡地に開設されました。この公園には「高校野球発祥地」というモニュメントが建てられています。2002年(平成14年)には、豊中駅前広場にも豊中市と全国高校体育連盟・毎日新聞社・日本ラグビーフットボール協会により、「全国高校ラグビー発祥地」のモニュメントも設置されています。

2017年(平成29年)4月6日に豊中市によって再整備されたメモリアルパークは、「高校野球発祥の地記念公園」となりました。再整備によって公園の面積が114平米から445平米と約4倍の広さに拡大されました。グラウンド跡地の住民から寄贈された赤レンガを一部使って、公園にレンガ塀を新設し、公園と道を挟んだ東側の遊歩道には、夏の大会の歴代優勝・準優勝校の名前を記したプレートが設置されています。

今年は新型コロナの影響で甲子園にもその波がきて、通常開催が出来なかったこと、心を痛めた方が多かったと思います。来年こそは今まで通り開催されることを願いながら、ふとこんな事を考えました。甲子園を目指した若者たち、現在目指して猛練習に日々励んでいる球児たちの中で、第1回と第2回がここ大阪の地で行われていたことを知っている人が何人いてるんだろう?と。

ぜひ野球に携わる人たちには一度訪問して頂きたい場所です!

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