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わが町大東 散歩日記②

7月19日(日)は久しぶりに良い天気に恵まれました。いや!暑すぎました!
しかし今週の4連休からまた天気が崩れる予報ですね・・・梅雨明けも来週の火曜か水曜あたりと、まだ定まっていないようです。

今年は新型コロナウイルスの影響で学校の夏休みも短縮されていたり、花火大会などのイベント中止など、今までとは全く違う夏になりますね。いつか、そういえばあんな夏があったなと懐かしく振り返る日がきますように!

今日は大東市灰塚地域を散歩して発見したものをご紹介いたします!

●先日の散歩日記①でお話した、墓地の六地蔵さんがあるところを抜けて行くと、そこが灰塚地域で、その細道の出入口付近にある個人宅の敷地内に、立派なお堂があるのが見えます。お堂は背中を向いているのでこちらからはよく見えないのですが、狛犬の姿もありしっかりとしたお堂のようです。個人宅の一角にあるので詳細が全くわかりませんが、非常に興味深いお堂です。

●そこから左手に進むと、もう1つお堂が出てきます。こちらも立て札など何もなく、入り口に「大東市みどり課」とあるだけです。地元の方で何か情報をお持ちの方がいましたら、ぜひ教えてください!

大東市灰塚にあるお堂
Googleマップより

●このお堂の裏をまっすぐ進むと灰塚公園があります。その公園の裏に出ると畑があり、ひまわりと蓮が咲いています。心安らぐ夏の風景が広がっていました。

大東市灰塚にある灰塚公園の裏に咲いているひまわり
灰塚公園の裏に咲いていた蓮のような花

●灰塚公園には大東市の木「さんごじゅ」があります。大東市の山間部に多く生息している木で、成長すると赤い実がなるようです。

灰塚公園内のさんごじゅ

●灰塚公園から2本北の住宅道路を進むと、おかげ灯籠が現れます。高さは約4メートルほどあるでしょうか。このおかげ灯籠が気になり、調べてみました。すると、「お伊勢参り」と関係があることがわかりました。

天皇の先祖神が祀られている伊勢神宮に参拝する「お伊勢参り」は、平安時代には皇室しか参拝することが出来なかったのですが、江戸時代に入ると一般庶民の間で行われるようになりました。しかし旅行には大っぴらに行くことができなかったため、誰にも告げずにひそかに参拝しに行っていました。これを「抜け参り」と呼んでいたそうです。また、伊勢神宮へ集団で参拝しに行くことを「おかげ参り」と呼びます。これは江戸時代に何回も大規模に行われていますが、特に大人数になった年が1830年(文政13年)のおかげ参りで、灰塚の農民も群衆に巻き込まれて大勢参拝したと言われています。この参拝を記念して1831年に建てられたのが、おかげ灯籠だという説があるそうです。

大東市灰塚にあるおかげ灯籠

お伊勢参りで、四国の人が兵庫や北河内、灰塚の人を巻き込んで参拝するという動きがあったことに驚きました!10万人にものぼる盛況ぶりだったとか!現代でもお正月の三が日は物凄い人手ですよね。今は新型コロナウイルスの影響もあり、参拝者は激減していると思いますが、現代にもお伊勢参りの文化は息づいていると感じます。

昔の人はこの大東市から伊勢まで歩いて参拝しに行っていると思うと、本当に凄いことですし驚きますよね!しかし、昔ではそれが当たり前のことで、旅費の準備もなく、服の用意もなく、沿道にある施しだけで参宮したというので、さらに驚きです。

ただただ歴史ロマンの息吹を感じ、さらに日本の歴史好きに拍車がかかった日曜日の散歩でした!

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